お知らせ

「渥美半島の昭和を記す会」のみなさんが『渥美半島の戦後』を発刊されました

お知らせ

今年も、「渥美半島の昭和を記す会」のみなさんが新刊を出されました。
昨年の『渥美半島の昭和 ―57編の手記から蘇る30年代―』に続く、第2段です。
タイトルは『渥美半島の戦後 ―失われつつある記憶を次世代へ繋ぐ―』と命名されました。
会の代表者、藤城信幸さんと三竹清一さん(ともに、高25回)から、刊行にあたって紹介の記事をいただきましたので紹介します。


 「渥美半島の昭和を記す会」では、『渥美半島の戦後 ―失われつつある記憶を次世代へ繋ぐ―』をシンプリブックスから6月10日に発刊しました。
 本書は、昨年8月に発刊した『渥美半島の昭和 ―57編の手記から蘇る30年代―』で、十分集録しきれなかった昭和20年代の渥美半島のくらしについても、成章会の皆様にも貴重な体験を綴っていただきました。
 また、亀山小学校に勤務していた小久保豊氏が、昭和61年に地域教材として作成された『西山の開拓』も巻末に収録させていただきました。陸軍伊良湖試験場跡に終戦直後から入植し、苦難の末に開拓された8名の方々の体験談を記録した渥美半島の貴重な歴史資料です。
 昭和20年代の日本は、終戦直後の緊迫した食糧難や混乱から、昭和25年に始まった朝鮮戦争の特需により復興の道をようやく歩み始めました。戦時中の都会からの疎開、戦後の引揚者や復員兵などで渥美郡の人口は急増しました。本書には、都会からやって来た食糧買出し、進駐軍の駐屯、新制中学校の建設、農地開拓、農家のイモ景気、豊漁が続いた地引網等々、当時のくらしの様子を幅広く収めることができました。
 昭和30年代に入ると、「もはや戦後ではない」と言われるほど、日本経済はめざましい高度成長の時代を迎え、後半には白黒テレビ・冷蔵庫・洗濯機などが渥美郡の家庭にも急速に普及していきました。牛車や木炭バスが通っていた砂利道を、耕耘機や50㏄のホンダのカブが行き交うようになり、やがてマイカー時代が訪れ、水溜まりのあった砂利道はアスファルトの舗装道路に変わっていきました。豊川用水が完成した昭和43年には、日本は世界第2位の経済大国にまで発展を遂げていったのです。
 「渥美半島の昭和を記す会」では、人生の先輩である父母や祖父母の世代の方々が歩んできた昭和の時代を若い世代に伝えるとともに、渥美半島の歴史と文化を市内外へ広く発信したいと考えています。田原市内外の多くの皆様にご一読いただき、当時を振り返って話題にしていただく機会になればと考えています。

渥美半島の昭和を記す会   藤城信幸   三竹清一

○本書についてご意見、ご感想などございましたら、ぜひお寄せください。
○本書は、豊川堂、精文館、原甚書店、アマゾンで定価900円+税で販売します。

なお、8月6日(日)の成章会総会や地区成章会総会では、著者の方が直接出向き、著者割りの価格で販売いただけるそうです。
みなさま方もご一読いただけますと幸いです。

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版型:B5版、本文98頁
定価:本体価格900円+税
発行:シンプリブックス(株式会社シンプリ)
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